我国の学生運動は、先進国に例を見ない「後進国型の学生運動」であるといわれている。即ち中間層出身者が多数を占める運動でありながら、つねに一個の政治的社会運動として急進的な政治活動を展開し、あたかも後進国におけるかのような運動をとっている事による。この意味で、学生運動を本質的に反体制運動と見なす説もある。然しながら戦前は、極一部の極左分子による思想運動に止まり、大衆運動としての学生運動が成立する余地はなかったのである。
これに対し戦後は、内外情勢の根本的変化に伴い、一般学生間に定着した自治意識、新憲法感覚を極左勢力が利用する形で、学生大衆運動が成立し発達した。従って、戦後の学生運動は、自治活動として出発しながら、終戦直後の社会的混乱の中で政治活動化し、本来の目的と限界を逸脱するに至り、その極度に過激な行動は教育上の問題に止まらず、絶えず大きな治安問題となって、今日に及んでいる。戦後学生運動の特色の第一は,思想面で、全体的に共産主義思想の影響下にありながらも、国際共産主義乃至日共の権威に盲従した戦前とは違い、日共の革命理論に飽き足らず、より極左化する傾向が強い点が挙げられる。また一般学生層にあっては、平和、民主主義、権利擁護の意識が定着し、学生運動を支える重要な要因となっている反面、学生運動家層の明確な反体制意識との間には相当な距離があり、学生運動が「二重構造」と謂われる所以である。第二の特色は組織面で、戦後発展した全員加入制の学生自治会、その連合体である全学連(公称30万人)を運動母体とし、戦前とは比較にならない強大な基盤を有している点であり、第三の特色は運動面で、戦前型の思想活動を支流に追いやり、実践活動として政治闘争に直進し、しかも高度な闘争戦術を駆使して、強い戦闘性を発揮している点である。
(昭和41年3月「戦後学生運動史」公安調査庁:はしがきより引用)

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